第2章 自分の尾を呑み込む蛇

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第2章 自分の尾を呑み込む蛇

 ある日、 部屋の前にカイが呆然と突っ立っていた。例の猫を抱いている。  全身灰色で尻尾の先が黒い彼の飼い猫である。 「どうした?」迅は猫を一瞥して尋ねた。 アパート飼いのせいかその猫はずっしりと太っていて細いカイの腕からあふれてこぼれていきそうだ。   「先生。」カイはぼんやりと呟いた。「ツナキチが病気になっちゃった」 「病気?…何の?」 迅は胡散臭い顔で灰色の大きな毛玉を眺めた。   でっぷりと満ち足りた様子のその猫は仙人のように目を細め、 おおよそ病気などとは無縁に見えた。   「ハイシュヨウって病気なんだって。昨日すごい咳がでたんだ。動物病院の先生がレントゲン写真を見ながら、もう手術は出来ませんって…。それって治らないって意味なんだって。それ聞いたらママは黙ってた」 「…」   迅はカイの頭に手を置いて一緒に猫を眺めた。うつらうつらとして覇気がない。十三歳といえば猫としてはかなりの老齢である。何かしらの病気になるのは仕方がないことだろうと考える。 「食べたがるものは何でも上げて良いよって言われた。こんなに太ってることも、もう気にしなくていいんだ」   「そうか…」 良かったな…と言いかけてとどまる。      「ねえ、猫って死んだらどこへ行くの?」カイが呟く。 「吹き溜まりみたいな所があってな。この世の下の方に…。そこは死んだ者たちの集まる場所なんだよ。陸で死んだ者は地面の底。海で死んだ者は海の底」 「じゃあ空で死んだら?」   「それは多分宇宙に向かって飛んでゆくんだろうよ。それが一番いいって? そうだな。そうしろ。お前の番が来た時には」  ふふふ…と笑うように、カイの額の中の紅蜘蛛が震えた気がした。  そうだ、蜘蛛だ。  これをどう駆除するかを考えなくてはならない。  頭骨内からひきはがす事は可能だろうか…迅は首を傾げた。  たとえ名医に頼んで外科手術を行っても、窒素ガスやレーザーを使っても、この硬い組織を取り除くのは不可能に思われた。それほど深く根を張っているのだ。  手術以外の方法となると…迅は腕を組む。 「脳内昆虫は、その親玉を探してそれを殺せば、その親から分化した虫たちは立ち枯れて死んでしまうだろう…」  以前、脳内昆虫ハンターの一人から聞いた話だ。どうやら紅蜘蛛たちは親蜘蛛から何らかのエネルギーの供給を受けている節があるのだ。説得力がある。
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