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ふとしなくてもたやすくあの夜の出来事は蘇る。
雨の中で嗅いだ、血の匂い。
銃撃され、腕の中で全く動かないパートナーの体の重み、搬送されるまで、そして搬送されてからの永い時間、孤独、喪失への堪え難い恐れ――思い出しただけで全身が冷たくなり、震える。
そのたびに歯を食い縛り、逃げ場のない苦しみを堪えた。
「……だからといって、職務を投げ出すことは許されないよ、ユイ」
リンの言葉は、カシワギの虚ろな瞳に感情を灯す。
「……リン」
「何?」
「貴方の能力も、私を救えなかった」
頭冷やしてくる、と席を立ち、オフィスを出るカシワギ。
ひとり残されたリンは自嘲気味に微笑み、静かに歯噛みした。
「……黙っていろ、ってことか」
実情を理解はしても、自尊心が疼く。
リンは適性検査と試験、基礎訓練を経てナガツカの二週間後に配属された、二十六歳の日系人だ。
特殊な身体能力を要求される部署に籍を置くも、冷静沈着さと緻密な思考能力を買われ、現在はリーダーのナガツカと、実戦に長けるカシワギのサポート――いわゆる後方支援を担っている。
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