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彼の前では家族に見せる顔も友達に見せる顔も、全て脱ぎ捨てて裸体を晒す。彼もまた、自分にしか見せない顔で目線で、レンズを向ける。何も纏わない肌を熱く湿った舌で舐められるような、あの視線の感触。きっと誰も知らない。生徒としての崇史を、教師としての小谷野を知る人たちの誰も知らない。
見て、見られる。見せる。互いの欲望が溶けて混ざり合うような瞬間。この真実だけは揺るがない。
卒業したその先の、教師と教え子という壁が取り払われた、自由に愛せる時間が来ることを待ち遠しく思いながらも。窮屈な制服を脱ぎ捨ててしまうのがどこか寂しいように、もう少しだけ「先生」と呼んでいたい。コウくんと呼ぶのは、卒業したらいくらでも出来るから。子供扱いに拗ねながらも、思いの外この綱渡りのスリルを楽しんでいるのかもしれない。
「紅白始まったら、蕎麦茹でようか」
小谷野はコタツの温度を下げながら、少し脚を延ばす。これってわざと? それとも無意識? などと疑いつつも。崇史も素知らぬ顔をして足先で小谷野の脚をそっと撫でた。
存分に二人でいられる時間は暖かくて、テレビの中と同じくらい少し退屈で、だけど終わらないで欲しい。いくら逡巡したところで、意思とは関係なく刻々と大人になってしまうから。
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