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剛胆な性格らしい娘に叱られ、へらりと笑ってみせる。「それより、なにができる」と腰に手を当てて仁王立ちした娘に問えば、今は小麦すら入荷量があやしく、せいぜい芋と政府支給の合成ハム程度しかないらしい。
「この子になるべく美味しいもの食わせてやりたいんだ、頼むよ」
「そうは言われても無いものからは作れないからね。ちょっと待ってな」
ルーシーににこりと微笑みかけて、娘は赤いお下げを跳ねさせながら厨房へと引っ込んだ。ルーシーは今、俺と同じ青い瞳になっている。血塗れの兵隊と、幼子の組み合わせは、兵隊が家族としばしの逢瀬を楽しんでいると見えないこともない。
「ルーシー、きっと美味い物が出てくるぞ」
「根拠は?」
「おれがそう思うからだ」
ルーシーが完璧なラインの眉を寄せたのに、その眉間を指先でそっと撫でた。
「なにするの」
「別嬪が台無しになる」
ひやりとした肌に、一筋の皺の感触が深まった。数瞬ののち、ぱしりと音を立てて手をたたき落とされる。蚊程も痛みはなかった。
「あぁ、しまった。煙草も買ってこいって言えばよかったな」
「買わなくていいわ。服が臭くなるもの」
「なんだ、煙草嫌いか」
「嫌いよ」
ルーシーは目を逸らしたまま答えた。眉間の皺はもうない。どこで煙草の匂いを知ったのか気になったが、嫌いと言うならばそうなのだろう。
「じゃぁ、もう吸わない」
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