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「リュシー。わたしはリュシーよ。あの女と間違えるなんて」
俺は動かぬ瞼をこじ開けて、軋む首を動かした。少女の顔、首、裾にレースの施された黒くクラシックなデザインのワンピース。腹に重ねて置かれた、白い白い手指。
「おまえ、は」
無理に動かした顎関節が軋み、ごぎりと不快な音があがる。
「……ケネ、シア」
「たった今名乗ったわよね? 不愉快な男。ケネシアは死んだままよ」
少女から差し出された古びたハンカチは、俺のものだった。腕を動かして受け取る。指はもう、意志の通りに動いていた。それを握ったまま、ゆっくりと立ち上がる。雨で顔に張り付く前髪を、泥の付いた指も気にせず後ろに流し、袖口で顔を拭う。ハンカチは、唯一マトモな尻のポケットに仕舞い込んだ。
見上げていた少女の顔を、真上から見下ろす。俺の顔をじっと見ていた少女は「まぁ、悪くない顔ね。髭でおじさんだけど」と嬉しくもない評価を突きつけた。
「それへ、ケネシアに似てるルーシー、俺に、なんお用ら」
「リュシーよ。死後硬直がとれたらきちんと発音なさい」
は、と喉奥で笑う。ベルトの下を探ったが、隠しポケットには何もない。金品はおそらく死体漁りにあったらしい。煙草を探してはみたが、やはり濡れて残骸になっていた。
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