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それでも貧民たちは己の足で歩く以外の移動手段はなく、砂埃にまみれた難民たちと幾人もすれ違う。血塗れの軍服姿の俺に怯えてあからさまに避けられたり、逆に睨みつけられたりもするが、どの人間も直接絡んでくる気力もないらしく、川を流れる小枝にように俺の視界から遠ざかる。
「……ねぇってば!」
少女の呼び声に、ふと遠ざかっていた意識が現実味を帯びる。足をとめて振り返ると、そこには黒髪に少女がやはり居て、白皙の頬を赤く染めて俺を見上げていた。
「どうした」
「足……へん」
ルーシーに先導されていたはずが、いつの間にか歩幅をあわせる事を忘れて追い越していたらしい。人形じみた細い足を指して、ルーシーは眉根をきゅっと寄せる。それは少女の姿のくせに妙に色気がある仕草で、俺は沈めていた記憶を振り払うようにルーシーの足下に片膝を立ててその上に彼女を座らせた。
小さなブーツを脱がせると、真っ白い足の甲との対比が痛々しいほどに、指先から踵にかけて赤く熱を持っていた。
「こりゃ痛いな」
「……ええ、たぶん。痛いわ。きっとそれね」
曖昧な言い方をするルーシーにもう一度靴を履かせ、くるりと背中を見せてやる。
「なに?」
「ほら、あれだ。大人が子供にするやつだ。おかしくないから、真似しろ」
街道を行く難民の父親が、幼い子供をおぶっているのを指してやると、ルーシーは納得したらしく、軽くて薄い体は一瞬ののちに俺の背中に張り付き、俺は再び歩き始めた。
「痛くないわ」
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