行旅死亡人聞き書き

問わず語り

それから二、三日して、目、見えねぐなった。
日ぃの射す方角だげわがる。
おれが最後に見だのはな、山の紅葉。
最後にきれぇなもんば見してけだのは、
仏さんだったんだべがなぁ。
してな、そん時から誰が、おれさ付いでけだ。
だれが一緒に歩いてんだ。
おれが歩いでも止まっても、寝ででも、必ず傍さいる。
どごさ行ぐがわがんねぐなったら、手さ引いでける。

ああ、そういうごとがって、わがった。
孫ば置いできたべ？
骨と皮だげになって、肉ば返したべ。
目ぇも見えねぐなって、目ぇば返したべ。
おれが全部返すのに、手伝ってけんだなって、分がった。
したから安心して、お参りすれっていうごとだべ。
あの、明王さんのどごで、死んでだ奴もよ、
蠅さ、蛆さ、犬さ烏さ、食わしてたんでねぇが。
食わして、骨と肉と臓物と血ぃば、返してたのがもわがんねな。
（返していたのかもしれませんね）

寒ぐなった。
手さ引かれだ時は、必ず宿や仏さんの穴さ、蓑だの脚絆だの
あったけぐ（温かく）なるものあった。
それ全部着ても履いでも寒いわな。
からだじゅう、かじかんでまってよ。
膝かぶ痛ぇ、足首痛ぇ、手首痛ぇ、肘痛ぇ。
指が手も足も、全部痛くて動げねえの。
寝ででも痛え。寝れねくてよ。
辛がった。
そのうぢ、指になんか触ってんのが持ってんのが、何にもわがんねぐなった。
引いでける手ぇだげ、わがんの。
誰が、お参りさんが、近くの人が、（誰か、お参りさんか、近くの人か）

「あれ、あのお参り、手の指腫れで真っ黒だぁ。凍傷でないのかい、
あったらになったら、もげでまうわ（あんなになったら、とれてしまうよ）」

って言ったの聞こえだなあ。どごで言われだのがも分がんねぇ。
したけど、見でるだげで、手当てとかしてけないのな。
お参りだがら。
もげだんだと思う。もの、食いずれぐなった。
掌で挟んで口さ持ってった。
まあ、食い物もろくたにねがったけどな。
ああ、指返したんだな、傍さいる人、も少しだべ？
って聞いだら、うんて、うなづいだ。