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俯いたままのサヨリを初めてしげしげと見た。
あれから五年、とうに五〇歳は越えているだろうに、大人の常識というか分別ってものは
はなからない。第一、サヨリは、もともと、もんちゃんが連れてきた、もんちゃんの彼女なのだ。
「味のある歌い方するんだよね、今、定職なくて、その日暮らししてるんだ。貧乏人の俺
が人の世話するのもおかしいけど、ハコに入れてやってくれないかな、安くていいからさ」
もんちゃんの売り込みで、ハコに入れる、つまり三橋が雇ったのだ。確かに味のある暗
い歌を歌った。始めは下手なピアノで弾き語りをやってたのを、三橋がピアノ弾きのベス
を見つけて組ませたのだ。サヨリとは一回り以上も若いベスと、まさかの逃避行に走ろうなどとはゆめゆめ思わなかった。
「もんちゃん、待ってたよ。とことん惚れてたの、知ってただろ? 三年待って、とうとう死んだよ」
突然、サヨリの顔が崩れて俯いた目からはらりと涙が溢れた。
「だって、私、あの頃、限界だったのよ。もんちゃんには尽くしたつもりよ。さんざん貢
いで、なのにさ、もんは、何にも働かず、私の紐でしかなかったじゃない。売れない絵に
夢ばかり喰ってさ。私、もうボロボロだったのよ」
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