第1話

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第1話

 最近、この公園にはちょっとお洒落なプロムナードができた。それによって利用者は増えたが、そこを避ければ以前のようなひとけの少ない場所がまだあった。  陽一は緑の香りを吸って、ため息を深呼吸に変えた。学校帰りにたまに寄るこの公園には知り合いも居ないし同じ制服を着ている人も居ない、お気に入りの場所だ。ちょっと散歩をして、澄んだ空気を感じて、小鳥の声を聞くともなしに聞く。それだけ――だった。  木陰にぽつん、とあるベンチには先客が居た。清楚なワンピースを着た女性だ。ベンチに立てかけるように日傘が置かれている。そのひとはふと読んでいた文庫本から顔を上げ、風にそよいだ髪を押さえながら振り向いた。見つめていた陽一はその瞬間がスローモーションに見えた。目が合う。逸らせない。 「隣、座りますか?」  そのひとが微笑んで言う。優しげな声が、その雰囲気が、陽一の心を鷲掴みにする。 「あ……どうも」  陽一はそんな返事しかできなかった。気持ちを落ち着かせようとするが、そのひとの隣に座っている所為か上手くいかない。涼しげな横顔を見ては視線を逸らす。微笑んだ顔と声が頭の中で繰り返し再生される。ついでに自分の間抜けな返事も思い返してしまって少し恥ずかしくなった。  たぶん、歳は陽一とそう変わらないだろうけれど何処か大人びた雰囲気を纏うそのひとはまた文庫本に視線を落としている。そよ風が優しく頬を撫でていく。遠くに人の声、車の音。そのひとが髪を耳に掛ける仕草ひとつ、瞬きひとつで世界は静けさを取り戻すかのようだった。  陽一が仰ぎ見た青空は、いつもより綺麗に映っていた。
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