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オコノギさんの話をしようか。
彼はとても変わった男で――いや、本人はいたって親しみやすい、どこにでもいるお人好しなんだがね――故あって雨に濡れない身体になってしまったんだ。
正確には、どんな雨もオコノギさんの周りにだけは降らないというのが正しいかな。
どうしてそんなことになってしまったのか、オコノギさんは理解していないようだ。でも、そうなった日のことはよく覚えている。
何年か前、彼はボーナスでしつらえたばかりのスーツを着て、とても重要な商談に向かっていた。取れれば出世間違いなし。もししくじったら、当分のあいだ干されるといった類いのね。
その日はよく晴れていた。天気予報は降水確率ゼロパーセントだと太鼓判を押していた。それなのにどんな神様の気まぐれなのか、突然の通り雨が人々を襲った。
オコノギさんは全身びしょ濡れ、お客様に渡すべき書類も雨水でヨレヨレ。悲惨な状態だった。結果だって勿論悲惨だったさ。
帰り道、失意の底にいたオコノギさんはふいに顔を上げた。
高層ビルの高い窓が夕日を映してきらきら輝いていた。とてもさっきまで大雨だったなんて信じられないくらいに。
オコノギさんはそのとき、むらむらと湧いてきた怒りを抑えきれず、天に向かって罵った。――そしてその日が、彼が雨に打たれた最後の日になったんだ。
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