1.壊れた時計

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1.壊れた時計

1.壊れた時計  暗闇の中、かすかな振動音で目が覚めた。それがすぐに自分のスマートフォンであることに気づく。 (トラブルでもあったのだろうか)  真っ先に思い浮かんだのは、勤め先の工場のことだった。生産は二四時間体制なので、問題があれば深夜早朝でもおかまいなしに現場の担当者から電話がかかってくることになっている。  生産工程の指示を出している身としては、できるだけ現場間のみで何とか対応してもらいたかったが、「指示を出している事務所の担当者に聞かないと判断できない」と言われれば、責任もあるのでそれ以上はきつく言えなかった。  気だるげに枕元に置いていたはずのスマートフォンをまさぐる。ようやく手にしたそれは既に停止していたが、やはり発信元が気になってしまう。昨日の自分の仕事内容にはたして不備がなかったかものかと、ぼんやりとした頭で記憶を辿る。  液晶画面のロックを解除すると、途端にバックライトが点灯して目に染みた。すぐにモノクロのホーム画面が映し出される。 時刻はまだ五時半を過ぎたところらしい――。  画面の左上には、着信を知らせるアイコンが出ていた。重い瞼(まぶた)を何とか片目だけ開きながら、発信元を確認して絶望する。 《着信二件 発信者1:製鋼現場 組長 発信者2:前原係長》  思わず、深いため息が出た。これは最悪のパターンだ。早朝という時間帯に加えて、相手は直属の上司ときている。  おそらく現場で何らかのトラブルがあった後、俺が出なかったために、上司である前原さんまで連絡がいったのだろう。そして再度、前原さんから俺に電話がかけられたということだ。  逡巡することもなく、スマートフォンを机の上に裏向けで置き直し、再び布団に潜り込む。 (ふざけるなよ。今何時だと思ってるんだ)  今すぐかけ直す、という選択肢はなかった。  深夜や朝方に電話がかかってくることはこれまでも何回かあったが、いつもかけ直すのは出社前だ。一度だってその時に出たことはない。というより、意識的に出ないようにしていた。こういうのは一度出てしまったが最後、その後もずっと同じように対応しなければならなくなるのだ。
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