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ぬるりとした皮膚の表面を滑った刃が、凪子のバランスを崩す。その隙を突くように鯰が口を開けて頭上から襲った。丸呑みでもしようというのか大きく開いた口に向けて、凪子はポケットにあった宝玉を投げ込む。突然飛び込んできた異物に、反射的に口を閉じた鯰の下顎に刃を突き立て、そのまま上顎まで押し込んだ。ぬめりに守られていない顎の裏は、あっさりと刃を呑み込み、頭の天辺まで貫通する。 「存分に召し上がれ」  目を細めて微笑んだ凪子の言葉に呼応するように、鯰の中で宝玉の力が解放された。閉じた口の端から閃光が漏れ、ぼこぼことそのただでさえ歪が身体が更に歪に膨れる。鯰は一瞬で炭化した。  天を仰いだ姿勢のまま黒く変じた鯰は、ぼろりと崩れ落ち、その塊が床へ落ちる前に跡形もなく消え失せる。  そこへ拍手の音が響いた。 「現代の陰陽師もなかなかやるな」  黒い神父服に身を包んだ鵜野が、キリスト像の十字架に腰かけて見下ろしている。  凪子はそちらに向き直り、腕を組んだ。 「随分罰あたりじゃない。神父様」  鵜野は芝居がかった仕草で両手を広げ、肩を竦めてみせる。 「こやつの関心は、最早、異教の神にあるようでな。我がその神の遣いだと言ったら、容易くこの身体を明け渡しおった」  凪子はふん、と鼻を鳴らした。 「子孫の身体はさぞかし居心地が良いでしょうね」 「……子孫…? 」  初めて鵜野が怪訝な顔をした。 「多賀城学はあんたの子孫でしょう」 「何の話をしておる。我に子孫などおらぬ」  不機嫌そうに眉を顰めて言う鵜野をぽかん、と見返す。嘘を言っている様子はない。  千年も昔の記録だし、信憑性は薄いと思ってはいたけれど。     
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