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不意に耳を打った大陰の焦った声に、凪子は弾かれたように目を向けた。
朱雀の左手が象牙色の角を掴み、渾身の力で折り取ろうとしている。ぎょっとして凪子は荒く声を投げた。
「何やってるの、朱雀! 」
「やめなって、朱雀、ねぇ」
凪子と大陰の声も聞こえていないかのように答えないまま、朱雀は左手に力を込める。ぎし、みし、と軋む音を間近に聞いた大陰は咄嗟に朱雀の腕を掴んだ。
「朱雀! 」
大陰の声と共に鈍い音が響き、角が折れる。
無造作に放られたそれは、からん、と床を転がった。
言葉もなく落された角を見ていた大陰は、朱雀に目を戻して息を呑む。
こめかみ辺りの白い髪が血に染まり、毛先から赤い雫が滴っている。
朱雀の右手が反対の角に伸びるのを認めて、大陰はその腕に齧りついた。
「やめなってば! 」
刹那、鴉の声が悲鳴のように濁り、次いで途切れる。
凪子と大陰ははっとして目を向け、右目から血を噴き出している大鴉を見た。
灰色の塊が空中で回転しながら音もなく着地する。
「十夜! 」
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