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灰色の毛並みを逆立てて鴉を睨めつける猫を見やって、嬉々とした大陰の声を聞きながら、凪子は「そう言えば、あんたも来たんだったわね」と思い出したように呟く。
『朱雀! 思い出せ! 』
突然呼びかけられて、朱雀は顔を上げて猫を見た。
怪訝そうに見てくるその視線を知ってか、十夜が続ける。
『我の本当の名を思い出せ! お前は知っているはずだ! 』
鋭く言うと、床にだらりと投げ出された翼を駆け登り、今度は左目を狙いに行く。
凪子は展開させていた残りの札で鴉の嘴を封じる。
「急々如律令」
声と共に札は赤く文字を明滅させ、熱を発した。
それをただ見つめていた朱雀は、十夜の姿が何かに重なった気がして、記憶の糸を懸命に手繰り寄せる。
軽やかにしなやかに、宙を駆けるその姿。
自在に空を駆る、あれは。
ふ、と朱雀の赤い双眸が瞠られた。
「――――― 陸王? 」
それは、かつて師に仕えていた、麒麟の名。
『やっと思い出したか』
皮肉気に言った十夜の身体が金色の光に包まれ、形を変える。
鴉の眉間に一撃を放ち、蹄を鳴らして床に降り立ったのは、馬とも鹿ともつかぬ、しなやかで美しい獣。
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