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男達は限界と疲れ知らずといった様子で、躊躇いも見せず、逃げ遅れた隣家の人間の腕や足をへし折った。しかし狂ったがため、自分が持つ力を扱いきれていないのが分かる。男達の動きには無駄が多い。
それでも、男達の手で人が人ではない物体へと簡単に変えられていく姿は恐ろしい。吹きあがる深紅が灰色のアスファルトを紅く濡らす、玩具のように引きちぎれ壊れる体。獣のような男の唸り声。その光景は現実味を感じさせない。まるで全てが作られた映画のワンシーンのようだ。吐き気がする。
その時不意に頭に何かが触れた気がして、窓から視線を外す。気付くと母さんが俺の頭を優しく撫でてくれる。
そこで俺は、自分が震えているという事に気付かされた。これでも母さんを不安にさせないようにと気丈に振る舞っているつもりだったのだが、それはどうやら本当に"つもり"だったようだ。
震える俺に母さんは何時もの優しい「母親」の顔で笑いかけてくれた。俺は母さんのこの笑顔を守らなくてはならない。
――それは父と交わした最初で最期の約束だから。
流行り病に倒れた父の最期の言葉は「母さんを守ってくれ」だった。
それは父さんの勤めだろう。そう言いたくなるのを俺は堪え父の最期を母と看取った。最後に弱々しい動きで父のごつごつした手が、俺の母譲りな黒髪を優しく撫でた事は、昨日の事のように覚えている。
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