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住宅街の片隅に、ひっそりと…しかし、確実に存在している小さなアパートの一室で、小野寺 藍はさして興味もなさそうに、身の回りの荷物をダンボールに放り投げるように入れていく。
カレンダーにつけた引越しの日まで、あと数日しかない。
転校の手続きや住民票の移動などは、叔父と叔母が引き受けてくれている。
藍が今するべきことは、自分に必要な荷物と、そうではないものを分けて、味気ない紙製の箱に詰め込むことだ。
手元にあった何かを一番上にのせ、引き裂くような不快な音を立てるテープでダンボールに蓋をすると、藍は小さく息を吐いた。
物心ついた時にはもう、父親と呼べる人はいなかった。
どんな顔なのかも、どんな人物なのかも知らない。
母は彼について話そうとはしなかったし…藍も聞こうとはしなかった。
彼女は女手ひとつで藍を育て…つい先日、呆気なく逝ってしまったのだ。
藍が学校から駆けつけた時には、彼女はもう安らかな顔をして病院のベッドに横たわっていた。
藍は彼女の腕にすがって、ただただ泣き続けた。
この世界に、たった1人になってしまったことが酷く怖かった。
1人は…嫌だった。
静まり返った部屋をぐるりと見渡すと、目に移るもの全てから、母親との思い出が溢れていた。
彼女はもうこの世界に存在していないというのに、彼女を取り巻いていた色々なものが、何事もなかったかの様にここに在り続けている。
自分もまた同じなのだ。
母を失っても尚…ここに存在し続けている。
それは酷く不思議で…酷く悲しかった。
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