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「お主に組打の術は一通り伝えてある。真髄があるとすれば十兵衛、すでにお主が身につけているはず―― あとは武徳の祖神の導きあるのみ」
言って宗矩は道場の上座の掛軸を見た。
香取大明神。それは武神、経津主大神の事だ。
鹿嶋大明神。それは剣神、武甕槌神の事だ。
十兵衛に勝機があるとすれば、武神剣神の導きなくして他はない。
「つかまつるぞ」
宗矩は刀を抜いた。十兵衛は顔から血の気を引かせつつも、宗矩と向き合う。
この生死の境を越えた先にしか、明日はないのだ。
満月輝く夜だった。
十兵衛は女装して辻斬りが現れるのを待ち、遂に遭遇した。
「じ、じ、十兵衛!」
辻斬りは女と思って斬りつけた相手が刃を避けたのみならず、憎き男である事に憤った。
「上様、お気を確かに」
十兵衛は女物の上衣と掲げていた薄布を投げ捨て、着流し一枚の姿になった。
「上様は魔物に取り憑かれておいでです…… 念仏を唱え、魔物を追い払いくだされ」
十兵衛は本気でこんな事を言っているのではない。
三代将軍家光が夜な夜な城を抜け出して、女を斬殺しているのは、魔物に憑かれたがため――
そのように取り計らいたい幕閣の意向と、あるいは家光が狂気から解き放たれるのを期待しての発言だ。
だが家光は十兵衛に対して憎しみしか持ち合わせていない。
「じ、じ、十兵衛! 貴様は! 貴様はあ!」
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