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家光が一刀を打ちこんできた。十兵衛は、それを避けた。宗矩から剣を学んでいる家光だけに太刀筋は馬鹿にはできぬ。
二度、三度と打ちこまれた刃をも避け、十兵衛は家光と距離を取る。勝機を狙っているのだ。
対する家光は落ち着いてきていた。刀を上段に持ち上げ、烈火のごとき気合を放つ。
「余は生まれついての将軍であるぞ!」
家光、会心の一刀だった。
が、十兵衛は素早く家光の足元に屈みこんで一刀を避けた。
「んな!」
家光は叫んだ。その時には、十兵衛は家光の股下に右手を差し入れ、左手で胸ぐらをつかんで肩に担いでいた。
「ぬおお!」
十兵衛は姿勢を崩しながらも、己もろともに家光を地面に叩きつけた。
後世の柔道の技「肩車」であった。
これは、足元に何かが飛び出してくると、咄嗟に避けようとする人間の本能的な生理を利用した技だ。父宗矩から学んだ技である。
背中から落とされた家光はうめいた後、意識を失った。
「父上、やりましたぞ……」
十兵衛は全身にびっしょりと汗をかいていた。
初めての命を懸けた実戦であり、ましてや家光を殺すわけにはいかぬのだ。
その難事を成し遂げる事ができたのは、力や技のみならず、志の強さではないかと十兵衛は思った。
無刀取りとは、力や技ではなく心ではないのか。
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