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死を覚悟して無の境地に入る事ができたからこそ、家光を制する事ができたのだと十兵衛は思わずにはいられない。
「局様、これでよろしいか」
十兵衛は満月を見上げてつぶやいた。
春日局は家光の実母と、幕閣では噂されていた。
その春日局に、涙ながらに家光の辻斬りを止めるよう密命を受けて、十兵衛は死を覚悟して挑んだのだ。
結果は――
子を思う母の情の勝利かもしれない。
数日後、十兵衛は江戸を発った。
表向きは家光の不興を買っての謹慎だが、事実は西国大名の情勢を探る隠密行だ。
切腹は免れた十兵衛だが、今度は命懸けの任務を押しつけられる事になった。
しかし、十兵衛は晴れ晴れとした顔で晴天の空を見上げていた。
腰には春日局から謝礼として賜った名刀、三池典太がある。
「この旅は楽しくなるかもな……」
野袴に編笠をかぶった旅装の十兵衛は、杖をつきつつ街道を行く。
前途に待ち受けるは、修羅の地獄であろう。
〈了〉
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