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春休み中に会うこともできたが、そうしなかったのは、……誰よりも近くにいた友を失うかもしれない恐怖に怯えていたためだ。
――だから、高等部入学の日、碧に会うその瞬間まで、らしくもなくひどく緊張し、身構えていたことを覚えている。
それでも入学式の始まる前にその姿を探したのは、もはや長年の習慣によるものだったのだろう。
そして薫は桜の木の下にいる碧を見つけた。
碧が自分を見て、「おはよう」と屈託なく挨拶をし、「なんだかしばらくぶりな気がするな」と首を不思議そうにわずかに傾げ、クラス分けの話をし、そして…、
桜を仰ぎ見た碧に薄桃色の花弁が降りしきる春の光景を――自分は一生忘れないだろう。
薫にとって、なにも変わることなく碧は碧だった。
αでもΩでも。
たとえβでも。
その事実に、隣に立つ自分がどれほど深く安堵したか。情けなくも涙ぐんでさえいたのだと、……きっと碧は一生知ることはないだろう。
これは薫の胸の内だけにある、誰にも明かさぬ秘密である。
薫にとって、碧が「運命」でも「運命」でなくても、
それが碧であれば、それでいいのだ。
薫は葉桜から室内へ視線を戻し、窓を閉めた。
十分に換気したため、鼻につくΩの香りはほとんど消えている。……いずれは痕跡も思い出せぬくらいに、跡形もなく消え去るだろう。
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