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しばし沈黙が続いた。
「……だから、海、というか水辺に行くのを躊躇ってたのか」
小野坂の問いに小さく頷いた。
「橋のすぐ下流に……キャンプ場があって、そこまで来ると川幅も広がって流れが緩くなるんだ……」
去年ヨコたちが行ったキャンプ場だよ、と付け加えて続ける。
「偶然、そこの管理人さんが見つけてくれたから……」
“助かった”という言葉が言えなかった。心を縛り続ける鎖が首元に巻きつくような閉塞感を感じた。まるで“彼”が「話すな、楽になるな」と喉元を締め付けているようだった。だんだん浅くなる呼吸を何とか整えようと息苦しい喉元に手を添える。小野坂も再び背中を摩ってくれた。
陽は落ちてあたりは暗くなっていた。いつの間にか遊んでいた子供たちも帰っていなくなっていた。
「送るよ」
「……ありがとう」
今は独りになりたくなかった。誰かがそばに居てくれるだけで心が軽くなる。
見上げると点々とした雲の隙間から少し欠けた月が覗いている。
『シュウ! 見ろよ、満月だぜ!』
目を閉じると耳の奥で“彼”の声が聞こえる。
『あの日』に起こったことを小野坂に話したが、肝心な部分は隠したままだった。
“オレ”はまだ、“彼”のことを話すことが、“彼”と向き合うことができないままだった。
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