第1章

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今日はとても気分が晴れやかだ。今までの鬱憤を晴らす事が出来たからかもしれない。 ここ数年生きてきて、こんなにも気持ちが晴れた事はあっただろうか。 今まで、沢山の人と出会ってきた。人生に絶望している人。毎日が楽しいと豪語する人。早く転職したいと言い続ける人…… もうこんな年齢にもなれば、自分自身の性格や興味も固まってくる。男の趣味もだ。若い内は、様々な男と付き合って、別れての繰り返しであった。その繰り返しの中で、自分と向き合い、こんな性格でも良いんだと思えるようになった。 エレベーターの中の鏡を見つめる。頭の中はすっきりしているが、眩暈がひどい。頭痛まで催している。エレベーターが動く度に、その振動が体内の臓器を揺さぶり、吐き気まで誘う。 立っている足元がふらつく。床に視線を落とす。元々は白色で、綺麗な花のデザインが刺繍されていた靴は、もう日々の汚れからか、 薄汚れ茶色に近い色へと変色していた。  こんな薄汚れた靴は私には似合わない。 そう思うが否や、その場で脱ぎ捨て、エレベーターの壁に投げ付けた。 こんな靴を見つめていたら、せっかくの気分が台無しになる。靴を投げ捨てた後、掴んでいた右手を服の裾で拭いながら、ふと、今日の思い出を頭の中で反芻する。 今日は彼と久しぶりにデートをした。遊園地では、ジェットコースター、観覧車、お化け屋敷等定番のスポットを巡った。その後は、夕食を一緒に取り、彼と今の職場や人間関係について話をした。 久しぶりに会った効果もあるのか、彼は嫌な顔一つせずに私の話をただただ黙って聞いてくれた。終始、口元に笑みを浮かべ、眼を細めていた。 先程、手元を拭った服も彼からのプレゼントだ。彼を喜ばせる為に、今日着て行った。確か、私を一目見てすぐに褒めてくれた記憶がある。 すぐに嘘だと分かったが。 彼は嘘をつく時は、必ず右眼を閉じる癖がある。本人は気付いていない。私だけが知っている。 その癖に気付いた時は、とても悔やんだ。嘘をつかれる度に、胸に風穴を開けられる感覚へと陥る。 思い切って、彼に癖について話そうとも考えた。しかし、伝えてどうする?その癖を治されると困るのは私ではないか?と自問自答の日々が続いた。 手元を拭った服の裾も汚れている。靴と同じように茶色に近い黒色のシミのような物が付着している。
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