引っ越す

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引っ越す

少し身体を打った私は、2週間ほど入院していた。 私抜きで、新しい家での生活は始まっていた。 新しい家に、この思いは持って入ってはいけない。 そんな風に思っていた。 これまで何も知らなかった。 なんにもわかってなかったんだ。 中学生なのに、しっかりしてるねって、 言われてきたけど、全然しっかりなんてしてなかった。 だって、なんにも知らなかった。 ただの子供だったんだ。 悔しくて悔しくて、しようがなかった。 父に対する思いは、どうにも整理がつかない。 でも、でも。 せっかくお母さんが、ヒーローとして、 育ててくれた。 私の心に優しいお父さんを住み着けてくれた。 お母さんが、そう言うなら、 お父さんはやっぱりヒーローなんだ。 お母さんを信じよう。これまで通り、 優しいお父さんとお母さんで、 こころをいっぱいにするんだ。 そう決心して、荷物をまとめる。 そろそろお母さんが病室に来る時間だ。 「あら。自分でもうまとめたん!からだ大丈夫?」 やっぱりお母さんは綺麗だな。 強くて、綺麗だな。 「お母さんみたいに、強くなりたいから。」 お母さんの目を見て、言えた。 こぼれそうな涙を見られたかもしれないが、 言えた。 「父の日には、お墓まいり行こうな。」 そう言って、ベッドから立ち上がった。 お母さんは、優しく「ありがとう。」と、言った。 目を合わせてくれなかったが、不安は感じなかった。 「今年の梅雨は長いみたい。」 お母さんがそう言って傘を広げた。 外はまた雨だった。 今度は雨の音に負けないように、 「お母さん、ありがとう。」と、伝え、 私たちは新しい家へ向かった。
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