第1章

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 傘を差しながら、街中を歩く度に、肌にじっとりとした、嫌なべたつきが増していく。  六月に入り、梅雨の真っただ中でもある季節。雨が止む気配は一向に見られない。気温の上昇に伴い、傘の取っ手を握る右手にも、しっとりとした感触がある。 (そろそろ、梅雨明けないかな) 社会人二年目となる弓削紗耶は、何度も重い溜息をつきながら、脳内で同じ言葉を反芻する。 梅雨の時期は毎年苦手だ。只でさえ、乾きにくい洗濯物が室内干しの為、余計に乾きにくくなる。外に出るにも傘が必要となる。お気に入りの靴は、歩道の至る所に存在する 水たまりの飛沫を受け、濡れそぼってゆく。  「もう嫌だな。早く家に帰ろう」 たなびく黒髪が雨に濡れてしまわないように、差している傘の位置を調整する。 手に下げていたバッグは、もう降り続ける雨の水滴が滲み、触るのも億劫な程である。 「早く晴れてよね。洗濯物乾かないじゃない」 ぶつぶつと文句と言いながら、足早にアパートへと足を運んだ。 アパートに到着し、室内へと疲れた身体を滑り込ませる。びしょびしょになった靴は、玄関で脱いでそのままだ。乾かそうとする気力も無い。室内に干されている洗濯物から、生乾きの匂いがする。その匂いに顔をしかめた。 一仕事を終え、寝室に入ってから、頭痛と吐き気が同時に襲ってきた。せっかく外出先で、友人とランチを楽しんだ後だが、今にも全て吐き出してしまいそうだ。   「何で?食べたレストランで何かあたったとか?」 一人疑問に首を傾げながら、先程のランチの内容を思い出す。確か、フランス料理専門店で、様々な料理を食べた記憶がある。魚介類がふんだんに使われていた。どの料理も長い名称がつけられていた。 沙耶自身、記憶力にはあまり自信が無い。 料理名もしっかりと暗記はしていなかった。どんな食材がどの位出されていたのかも、ほとんど覚えていない。  どの料理も、舌がとろける程の味わいのある代物であった。とてもそれらの料理が、今の体調不良に繋がるとは思えなかった。  「横になれば治るでしょ」 体調が悪い時は、横になる。昔から、沙耶はその感覚が身についていた。痛み止めも服用せず、ゆったりとした部屋着に着替えると ベッドに倒れこみ、すぐに寝息を立てた。  数時間後 ピピピ……
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