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2.独立、そして
クラブから独立して、自分の店を持つようになったくらいから、私は愚痴が多くなり、顔つきも厳しくなり、いつしか従業員のホストたちだけでなく、常連客まで仕切りだすようになってしまっていた。それでも、まだ少しは女性にモテていた。いや、自分でそう思っていただけなのかもしれない。確かに歳も取ったが、それ以上に自分が老けてしまったことに薄々気付いていたにもかかわらず、それを認めたくなかった。
そんなある日、彼は暗闇から不意に浮かび出るように私の前にやって来た。
やつれ切った顔と、隈のある大きな目。あいつを見ていると、私の心は乱れ、泣きたいような哀しみに襲われる。悲嘆にくれた長い朝を過ごした後で、ほの暗い夕べを迎えなければならない。あの中年男のせいで、夏真っ盛りなのに冬の寒さを感じてしまう。
袖先が擦り切れたジャケットにヨレヨレの白シャツを着て、梳かしていないぐしゃぐしゃの髪を構わず、絶望した顔つきで。あいつは見るに堪えないよ。何処か別のところへ行ってくれ。アンニュイで悲し気な顔は、他の奴に見せればいい。はっきり言って、私には不幸や失敗なんて趣味じゃない。私の視界に入らない何処か遠くへ行ってくれ。
私は、ホストになる前のように、また腰をくねらせてクラブで踊りたい。夢中になって春を楽しみたい。ドキドキしながら、心躍らせながら、陽光が朝を告げるその時まで長い夜を楽しみ続けたい。息を引き取るその時まで愛を語りたい。誰かを死ぬほど愛したい、とも思う。
すると、男は初めて言葉を発した。「ドアを開けて俺を中に入れろ。お前を毎日見守ってきた。お前にもう愛なんて残っていない。全て消え失せたのがわからないのか?お前が追っ払っても俺は戻って来る、必ず。お前をチヤホヤして囃子たてた女たち、いろんなのがいただろ。オバサンも若い娘も。あいつらはもうお前さんのところには戻らない。もう全てが終わってしまってるんだよ。」
ショックだった。鈍器で頭を思いっきり殴られたような感じだった。私は、呆然として、為すがままに男を家に引き入れてしまっていた。
それからというもの、奴は、家(うち)にいる間、四六時中私に寄り添うように付き纏った。ベッドにまで付いてきて、囁きかけてきて、なかなか眠らせてくれない。
そいつの名は、「孤独」。「孤独」と言う名の私の分身。後になってわかったことだ。
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