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1.若い頃
ある晩、家(うち)に帰って来ると、彼はドアの前に立っていた。痩せこけて猫背で青い顔をして、目に精気のない中年の男。見知らぬ奴だったが、どこかで会ったような、いつも会っているような、そんな変な気持ちを起こさせる顔だった。何も言わないで、ただ私を見つめるだけなので、「誰だ、お前は。どけ!」とだけ言って追っ払い、私は家に入った。
それ以来毎晩、彼は、家の前で私の帰りを待っていた。いつものように駅前からの大通りを行き、薬屋を通り越してから右の路地に入ると、ほら、またそこに立っている。
鼻を啜りながら、少し苦笑いしながら、そいつは私を見つめている。「俺に何の用事だ!そこをどけ!」といつも追い払う。でも、彼は抵抗はせず、何も言わずに見つめ返すだけ。そして、翌日、また家の前にいる。その繰り返しだ。
若い頃からホストをしていたこともあって、女性には不自由はせず、いろんな女性と付き合うのに都合がよいという理由で、ずっと独り暮らしをしてきた。お店での仕事、同伴、アフターがきつかったので、家は朝から昼過ぎにかけて寝る場所に過ぎず、一人が寂しいなんて思ったことは一度も無かった。
若い頃の私は、今よりも眼尻が幾分吊り上がってはいたが、目はくぼんでなんかいなかったし、頬もふっくらして赤味がさしていたはず。いろんな女性にチヤホヤされて、高価な腕時計や衣装を貢いでもらっていた。そして常連客の一部とセックスもしていた。お金持ちの奥様は、特にしつこかったが、若い女性でも、まるで中毒患者のように毎日のように店に来てくれる娘(こ)もいた。一体どこにそんなお金があるのかと不思議に思っていた。私は、貧乏な家庭で育ったから、お金に目が眩みがちだった。でも、お金を通じての男女関係って、本当の恋愛に発展していくことはない。結局は、金銭を出させるだけのお芝居になってしまう。だから、途中から恋愛ってどういうことなのか、わからなくなっていった。いや、正確に言うと、お金に目がくらんで恋愛に興味を失ったということかもしれない。とにかく、あの頃は、がむしゃらにホスト業に邁進し、稼ぎに稼ぎまくっていた。
飲んでるふりをするのがうまかったし、店以外ではお酒を飲まなかったので、二日酔いなどはしなかったが、長い夜の仕事と不規則な睡眠で疲労は蓄積し、身体は徐々に弱っていくのが自分でもわかっていたが、なんとか頑張った。
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