第1章

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 花束を持って、俺は河のほとりに立っていた。夕暮れの光を反射して、まぶしくきらめいていた。 「ミナ、お父さん来たよ」  そう呼び掛けたところで返事が返ってこないことは自分が一番よくわかっていた。    娘が事故死してしまったのは、昨年の夏のことだった。  俺は、その日娘と河に散歩へ行っていた。娘はおとなしい性格で、気に入った花や虫をみつけると、何分でもしゃがみこんでじっと観察していた。だから危ないことはしないだろうと思っていた。  そしてそれが隙を生んでしまった。俺がスマートフォンをいじっている間に、娘は河へ落ちてしまった。  遺体がかなり川下から見つかったのは、三日後のことだった。流されているうちに、小石や流木に傷つけられ、体はボロボロになっていたという。    俺は、花束を置いて手を合わせる。 「おじちゃん、誰?」  後ろから声をかけられて振り返ると、女の子が一人立っていた。  俺は一瞬息をのんだ。亡くなった娘と同じくらいの年齢だろうか。そして似ているのは年齢だけではなかった。丸い目が、娘によく似ている。  俺は首を振った。たぶん、娘恋しさに、少しでも共通点があるとすぐに娘とつなげてしまう様になっているのだろう。  振り返ると、女の子は少しびくっとしたようだった。  娘が死んでから、仕事に手がつかず、会社を首になった。妻は、「娘を殺した男」と一緒に暮らすことに耐えられず離婚届を置いて出て行った。残った金で酒を飲んで暮らしていたが、そんなすさんだ生活をしていると顔に自暴自棄が現れるのだろう。 「君こそ、何しているの? もう学校は終わったんだろ?」  幼児を狙った犯罪が増えているというのに、親は何をしているのだろう? 「もう少しで塾の時間なの。だからここで遊んでるの!」  つまり、学校が終わって塾の時間になるまでここで時間をつぶしているということらしい。 「おじちゃん、何してるの?」 「おじちゃんは、大切な人に会いに来たんだよ」 「ふうん?」  女の子は首を傾げた。  本当に目元が娘と似ている。 「でも、私たちのほかには誰もいないよ? その人、まだ来ていないのかな?」 「あ、ああ。そうみたいだね」 「だったら、塾が始まるまで私も一緒に待っていてあげる!」  女の子は微笑んだ。  それから、彼女は色々な話をした。  家で小さな猫を飼い始めたこと、友達とパズルゲームをするのが好きなこと……
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