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もしまだ娘が生きていたら、こんな他愛もない話をしたのだろう。
「あ、もう行かなくちゃ! 待ってる人、来なくて残念だったね。私、毎週金曜日にここにいるから!」
そういうと女の子は手を振ってかけていった。
それから、一週間に一度、その子と話しをするのが楽しみになった。名前もお互い知らずに、ほんの少し一緒の時を過ごすだけ。それだけでも、娘とよく似た女の子と話すことで、娘が戻ってきたようだった。
ある日、女の子は元気なくうつむいてしゃがみこんでいた。その日は曇り空で、河は鈍いネズミ色になり、なんだかこちらの気持ちも沈むような雰囲気だった。
「どうしたの?」
「飼っていた猫が死んじゃったの。モモちゃん」
女の子の前には、土が掘り返された跡があった。
そういえば、前に小さい猫を飼い始めたといっていた。
「もっとちゃんと世話をすればよかった。もっとかわいがってあげればよかった」
僕は女の子の頭をなでた。
「どうしようもないことだってあるんだよ。君だって学校に行かなきゃいけないだろう? モモちゃんの世話だけをすることなんてできないんだから」
そうだ。俺だって自由な時間があっていいはずだった。仕事で疲れているのに、完璧に子供の世話なんてできるはずがなかった。
「でも……」
「大丈夫だよ」
慰めてあげたくて、俺はなんとか言葉を探す。
「死んだらね、苦しみも悲しみもない世界に行くんだよ。きっとモモちゃんは幸せに暮らしているよ」
その瞬間、女の子の顔が無表情になった気がした。でもそれは見間違いかと思うほどほんの一瞬で、すぐにかわいらしい泣きべそになった。
「本当?」
女の子はぎこちない笑顔になった。
「本当だよ」
そういって俺はにこりと微笑んでみせた。女の子も微笑み返してくれた。
きっと、娘のミナも幸せに暮らしている。なんとなくそう信じられる気がした。
月曜日から降り続いた雨は、激しさを増し、金曜日になっても止むどころか強くなっていった。まさか、そんな日にあの子は河にいないだろう。
俺がいつもの場所に行ったのは、あの子に会うというよりはあの子が危険な場所にいないかどうか確認するためだった。
黄色いカサをさして、あの子が立っている。俺は慌ててかけよった。
「こんな天気なのに、こんな場所にいちゃダメだよ」
女の子は、娘によく似た目で足下の濁流を眺めていた。
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