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顔を上げると、壁際に時計が掛かっていることに気付いた。
三時過ぎのようだ。それを確認し、捲っていたスーツの袖を元に戻した。
そしてふと自分の手首に触れる。何故腕時計をしているなどと思ったのだろう――別に、普段から身に付ける習慣があったわけでもないのに。
どこかでどっと笑い声が聞こえ、思わず視線を巡らせた。
澤田ヨシ子の葬式は、人一人亡くなったとは思えない程に賑やかだった。出席者はざっと五十人はいるだろうか。精進落としが行われているこのホールでは、まるで宴会場のように騒々しくビール瓶が行き来している。
酒の肴は、懐石料理と思い出話。
しかし、見知らぬ人間の会話ほど興味のないものはない。
「青年よ。退屈かい」
ぼんやりとしていると、澤田ヨシ子がくるりと振り返った。
その口元がぐいと持ち上がる。その深い笑い皺は、彼女の人生が笑いの絶えないものだったことを物語っているようだった。
「退屈というか……五時までに業務を終わらせたいだけです。残業はしたくないので」
「おやまあ、冷たいことを言うねえ。もう少しゆっくりさせておくれよ。あんたにとっちゃいつものお仕事かもしれないが、私にとっちゃ初めての〝死〟なんだ」
初めてだと言う割に、澤田ヨシ子は取り乱すことがない。
それは俺にとって都合がいいことだったが、それでも澤田ヨシ子は少し厄介な人物だった。
「……ゆっくりと言っても、もうこれで三日も待ってるんですからね」
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