第一回

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第一回

 夜空には満月が輝いていた。 「身ぐるみ脱いで置いていけ!」  夜空の月光の下で、浪人達が一人の武士を囲んでいた。浪人の数は十人を越える。この付近に出没する浪人くずれの盗賊団である。 「……」  編笠を被った武士は怯えた風でもない。そして浪人の欲求に従う素振りもない。 「聞こえねえのか?」  浪人の一人が刀を抜いた。それにつられて他の浪人達も刀を抜く。盗みを働く浪人は珍しい事ではなかった。  すでに戦のない泰平の世の中だ。日本各地で大名が次々と改易され諸国に浪人があふれていた。その数は全国で十六万人とも言われる。大名の改易を実行するのは三代将軍家光の懐刀、柳生宗矩だった。 「やむをえぬか」  武士は静かにつぶやいた。そして腰の刀を鞘ごと抜いた。  浪人達が騒いだ。武士の刀は夜目にも拵えが立派で、高価な一品だと一目でわかったからだ。 「観念したか、さあ、よこせ」  一人の浪人が刀を右手に提げたまま武士に近づいた。  武士は右手に鞘を握って浪人の前に差し出した。  次の瞬間、武士は左手で刀を抜いていた。 「うわ!」  武士に近づいていた浪人が悲鳴を上げた。その顔に斜めに線が走った。     
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