第八回

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「戦などと、そんな恐ろしい事を…… あの優しかった忠長様が……」  霞の涙に佐助は戸惑うばかりで、なんと言っていいのかわからない。 「戦は嫌じゃ…… 人を殺して、殺されて…… 父上もそうやって、戦に殺されたのじゃ……」  佐助は黙って、泣きじゃくる霞を見つめるばかりであった。  十兵衞は面作りの最後の仕上げに入っていた。表面を磨いて滑らかにし、更に黒漆を塗り―――   手先の器用な才蔵の助力も得て、十兵衞の心を隠す面は完成した。 (父上、左門……)  十兵衞の脳裏には父・宗矩と弟・左門の姿が思い浮かんだ。だが、家族であっても敵なのだ。十兵衞は自分を召し抱えた忠長への義の為に、敢えて柳生を捨てる事を決意していた。  その決意には非常な悲しみと寂しさが伴った。己の前途に一筋の光明すら見えぬ無明の闇に陥ったような深い孤独―――  その無明の闇を断つ為に、十兵衞は決意を固めたのだ。  忠長を守ると。  そして面をつけるのだ。  家族を斬る事に何のためらいもないと、嘘ぶく為の面を。  悲しみを気取られぬようにする為に。  夜半であった。遠くで野犬の吠える声が夜空にこだまする。  霞の屋敷から少し離れた藪の中に、人影が動いていた。微かな風、とでも呼ぶべき程の手練れ達―――     
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