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霞は屋敷で右往左往するばかりであった。浅間山での猿狩りの期日が近い。それに不安を感じているのである。
「忠長様が心配じゃ……」
呟く霞の表情に憂いがある。少女らしいはつらつさは消えて、顔に浮かぶのは愛する男をただただ案じて止まぬ女の心である。十兵衞は霞の変化に驚きながらも、力強く己の気持ちを吐き出した。
「霞殿……」
十兵衞を見つめる霞は、今にも泣き出さんばかりである。
「忠長様の命…… 俺が魔の手から守ってやる!」
十兵衞の言う魔の手とは、忠長暗殺を狙う柳生の者達の事だ。すでに十兵衞は、父であろうと弟であろうと、斬る覚悟を固めていた。
自身の死すらも覚悟していた。それ以上に憂いの霞の表情を晴らしたい、そんな不可思議な感情がある。
それは恋ではないだろう。だが十兵衞には死ぬには充分な理由であった。
「十兵衞、忠長様を、忠長様を……」
ついには泣き出した霞をなだめながら、十兵衞は裏柳生の事を思った。忠長暗殺に向けて、次は何を画策しているのかと。
木村助九郎の道場に人が続々と集まってきた。忠長暗殺の密命を総帥たる宗矩から受けて、馳せ参じた裏柳生の面々である。率いるのは左門友矩、補佐として助九郎がついている。
「何、仙次郎が討たれた?」
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