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その一念が十兵衞を動かしていた。頭まで忍び装束に身を包んだ十兵衞は、忠長にも知られぬように暗殺者を迎え撃つ気構えであった。
すでに十兵衞は命を捨てていた。
明日を思う事はなかった。
霞の屋敷では、主である霞が才蔵老人と佐助を伴い、屋敷を発つところであった。
「忠長様……!」
旅装姿の霞は、編笠を上げて太陽を見た。憂いを帯びた瞳が妙に麗しい。
愛する男の為に命を捨てる。
そんな女の執念を感じさせる。
「姫様も見違えるようじゃ……」
目頭を熱くして才蔵老人は語る。霞の亡父・真田幸村の面影を霞の美しい姿に垣間見たのかもしれない。
「本当に、綺麗になっちまって」
佐助はどこか嬉しそうである。その佐助の傍らに、寄り添うように立つ旅装姿の女が一人。
「心配すんな、柳生のやつらは俺と才蔵様で相手してやる。お前は姫様を守ってくれ」
「はい……」
神妙にうなずく女は柳影七傑の一人、楓である。駿河城での佐助との一戦で敗北して以来、佐助に従っていた。
うなずく顔には妻のごとき従順の色が見える。佐助には女を従わせる何かがあるのだ。
鉄砲の銃声が晴れた空に響いた。
何百発という銃声である。その銃声に驚いた浅間山の白猿達は、悲鳴を上げて逃げまどう。
「ゆけー!」
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