第八回

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 騎乗した武士の声に応じて、農民や浪人とおぼしき者達が浅間山に進撃していく。農民達は竹槍を手にして白猿を追い立て、突き殺していく。  浪人達も手に手に刀や槍を振るって白猿を追い立てる。辺りは阿鼻叫喚の地獄と化していた。誰もが正気を失いかけていた。  忠長は浅間山の麓に陣を構えて、勝敗の行方を見守っている。忠長は陣中に在って采配を振るう事はなかったが、陣中に逃げ込んできた白猿を弓や鉄砲で射殺していた。無言の圧迫感が陣中に満ち、家老の浅倉宣正などは顔が青ざめている。 「浅間山の白猿、一頭も逃すな。 殲滅せよ」 「ははっ!」  忠長の殺気にも似た気配に家臣達は一人残らず従った。主の命は絶対であった。  だが突如として不思議な空気が陣中に満ちた。忠長の陣前に一人の少女が現れたからだ。旅装姿の少女は家臣達の諫めも聞かずに忠長に歩み寄る。 「忠長様!」  霞は叫んだ。 「……霞!」  忠長も叫んだ。そして、駆けてきた霞を胸に抱きしめ、忠長はしばらく―――  微かに泣いていた。  不穏な影が集まりつつあった。  忠長の陣の周辺―――  その周囲の林の中に、黒装束の者達が真昼の悪夢のように現れ出たのである。 「ゆけ!」  号令一下、黒い無数の影が忠長の本陣に斬り込んでいく。  忠長の陣中は、突如発生した霧に満ちた。才蔵老人の霧隠の術である。     
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