第九回

7/10
前へ
/99ページ
次へ
 十兵衛は陣内で腰を抜かして尻餅をついている朝倉宣正の前に跪いた。宣正はただただ仰天していた。 「忠長様を狙った裏柳生の者達は成敗仕りました…… これで当面の危機は去ったでありましょう」 「き、貴殿は何者……?」  宣正は鬼の面をつけた十兵衛に言い寄られて仰天している。  般若の面であるのだが黒塗りなので、恐ろしげな鬼の面にしか見えぬ。 「……我が名は」  その後に続く名前は、寛永の裏世界において伝説となった。  その名をいわく、 「―――般若面」  忠長は後の寛永九年(一六三二)に高崎に移封され、その翌年には切腹し、二十八歳の儚い人生を終えた。  愛妾であった霞の姿は高崎へ移封されあ頃には、すでになかった。  忠長の子を身ごもり、ひっそりと姿を消したという。  その霞の傍らには穏やかな老人と、威勢の良い大男と一人の美女、そして隻腕の武士が絶えず付き従っていたという。  浅間山で忠長暗殺に失敗した柳生左門友矩であったが、父である柳生但馬守宗矩からは特にお咎めはなかった。  だがすでに信望を失い、三代将軍家光の小姓を務めるだけの存在と成り果てた。その魔天の剣を振るう機会があったのかすら今ではわからない。    そして十兵衛は父の命をこなしつつ、秘密裏に暗躍していた。     
/99ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加