第九回

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 後に道場を開いた時には一万三千人の門弟を従え天下に武勇を響かせていた。  その若き日の出来事は全て闇に包まれている……  春の日であった。東海道を東へと向かう一団の中に、胸に幼子を抱いた美女の姿がある。 「……」  美女は黙って空を見上げた。その顔には憂いがある。大納言忠長が切腹して果てたという報が日本中を駆け回っていた。 「おや、静かに眠っておりますな」  美女の脇から、明るい顔をした大男が幼子を覗き込んだ。母の胸に抱かれて安心しているのか、幼子はすやすやと寝息を立てている。 「あなた!」  大男の脇では妖艶な美女が、大男をたしなめた。憂い顔の美女も、くすりと笑った。 「十兵衛殿は今頃、何をしているのかのう」  老人は一人、寂しげに空を見上げた。 「あの方は、今も戦っておられるのではないでしょうか?」  隻腕の武士もまた、空を見上げてつぶやいた。   *****  寛永十年(一六三三)、夜空に満月が輝いていた。  折れた刀を手にした木村助九郎は、周囲を不穏な影に囲まれていた。 「貴様ら、一体何者!?」  山中にあって只一人、木村助九郎は孤軍奮闘していた。  紀州の徳川頼宣に接触する何者かを探るために、宗矩の命によって紀州に密偵として赴いた助九郎。     
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