第五章 変化の兆し

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 皆が拍手をする中、周りから恥ずかしげもなく啜り泣く声が聞こえ、俺は面食った。中には若い癖に泣いている奴もいるが、殆どが子供のいる連中だ。塀の外に置いて来た子を想っているのだろうか。ここを出たら温かい家族が待っていてくれる。それを支えに生きているのだろうか。  確かにここでの生活は精神が不安定になりそうな事がある。誰でもきっとそうだ。同じ日々。同じ繰り返し。抑圧されて、自分の犯した罪と真っ正面から向き合う為の時間ばかり。  けれど少年刑務所でするには少し早過ぎる気はする。そう思いふと最前列を見ると、真っ直ぐに前を見据える男の頬を、涙が一筋痕を残していた。その横顔が素直に綺麗だと思った。あの男にも残して来た家族が、残して来た想いがあるのだろうか。最前列に鎮座している癖に、あんなにも真っ直ぐに泣けるような生き方をして来たのだろうか。  気付けば俺の頬にも涙が伝っていた。けれどそれは山室隆司の様な綺麗なモノではなく、もっと別の汚い涙だ。  俺は鎹になってやれなかったどころか、更にぶち壊してきた。父さんを自殺に追いやったのも、きっかけは何であれきっと俺だ。母さんには一度も面会に来ない程に恨まれ憎まれている。その時俺は、自分で蒔いた種が花を咲かせ実をつけ、いつしか呑み込まれていた事に気付かされた。  その日は房に帰ると、同房の連中は家族の話しを始めた。思春期に反発しすぎて包丁持ち出されたりだとか、父親の再婚相手から猫の器で飯を出されていた奴だとか。皆何処かで深く傷付き歪みながらここに辿り着いた事を知った。  暫くすれば話しの流れはここを出たらどうするかに変わっていた。各々に夢を語る。そして二度とここに戻って来るような事はしない。そう口を揃えて言った。  俺は、ここを出たら何がしたい?どうせここを出たら一人で生きて行かなきゃいけないんだ。残りの時間、それを考えてみるのも良いのかもしれない。そんな事を思った。  消灯の時間になって目を閉じると山室隆司の横顔が浮かんだ。何故かは分からないし、それもほんの一瞬だった。
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