第五章 変化の兆し

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 それから俺は考える時間が欲しくて、休みになるとまた山室隆司のいる運動場に出向いた。長年彼の特等席なのか、先客も、近寄るものもいない。  今日は山室隆司より先にその場所に辿り着いてしまって、少し不安を覚えながらも腰を下ろして頭を巡らせた。でもいくら考えたって、ここを出たら何がしたいかなんて思い付かない。  ふっと視界が陰り顔を上げると、心底迷惑そうな男が見下ろしていた。それでも何も言わず隣に腰を下ろすと、いつものように運動場で野球をする受刑者をぼんやりと眺める。何もかもを悟ってしまったかのような穏やかな横顔は、今迄見て来たどんな男とも違った。 「あんた、何で刑務所に入っているの」  鋭い瞳が横目で俺を捉えると、小さく溜息が吐かれた。 「坊や、人の過去をあれこれ突つくのは良い趣味じゃあないな。お前さんだって話したくない事の一つや二つあんだろ」  そんなに話したくないのか。俺には──。 「ないよ。聞きたいなら答えてあげる」  山室隆司は興味ねえと言って空を仰いだ。何処までもツレないおっさんだ。また不意に、あの日の横顔が頭の隅にチラついた。 「あんたには……待っていてくれる人、いる?」 「いるよ」  山室隆司は優しい声で、小さく呟いた。胸の奥が締め付けられるようで、何だか寂しかった。 「良いね。俺さ、誰もいないから。ここ出たら何しようか考えていたんだ。でもさ、何もしたい事なくて。それにどうせどこへ行っても変わらないんだ。新しい生活見付けてもね、気付いたら……誰かに抱かれてる。俺もそれで安心するから良いんだけどね」  山室隆司は不思議なおっさんで、何を聞いて来る訳じゃないのに、自然と話していた。奥底に潜む弱音にも似た、心の内を。ただ黙って聞いてくれる。それだけなのに何故か、包まれる様な優しさを感じた。
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