第十八章 優しい記憶

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 米倉さんはふいと同じように薄汚れた天井を仰ぐ。 「雲の向こうには何時でも、青空が広がっとるんよ」  この詐欺師と思いっきり詰ってやろうかとも思った程、見た目とのギャップが凄まじい。思わず噴き出して笑ってしまった俺に視線を戻した米倉さんの顔には、やはり優しい色が浮かんでいた。 「わしゃあな、お前もそうだと思うとるんよ。お前のその曇り切った目の奥には、必ず澄んだ色がある筈じゃけえ」  人の好過ぎる言葉に俺にしては珍しい素直な笑さえ引っ込んだ。  またそれか。俺にそんな心はない。何年も前に、あの東京タワーの下に捨てて来た。残ったものは役にも立たない、捻じ曲がった自尊心だけだ。 「下らない」  不機嫌に吐き捨てた俺に微笑みかけた後、米倉さんは徐に使い込んだセカンドバックの中から何かを取り出した。ゴトリと重い音を立てて机に置かれた黒い銃が、鈍い光を放つ。俺の嫌いなトカレフ。この一昔前の粗悪な拳銃を自慢するバカはいない。何より米倉さん程の立場の人間が今更拳銃など珍しくもないだろう。 「……そう言う事ですか」  その言葉と共に自然と乾いた笑が漏れた。  俺の抹消命令が出た。それは何も驚くべき事ではない。組を窮地に追いやった目障りな危険分子は排除するに限る。それに伊崎会長は俺の事を好いてはいなかったから。
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