第二章 寂寞の部屋

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 深い溜息を一つ吐き出してから俺は扉の前で佇む人物に漸く視線を向ける。汚れた作業着に身を包み、つぶらな瞳に微かに涙を溜めて俺を見詰める青年。  俺が個人的な目的の為に利用して無情に捨てた────腹違いの弟だ。  少し、背が伸びただろうか。顔付きも幼さが抜けた。見詰め合う時間だけが、まるで落ちる事を止めた砂時計の様に張り詰めた静寂を作り出す。楽しんでやっても良いが、生憎今日は機嫌が悪い。 「部屋を間違えたのかな?」  得意の嫌味な程のビジネススマイルを向けると、その言葉が余りにもショックだったのか、冬弥の瞳から涙が一筋頬を滑り落ちる。山室さえも背後で一瞬小さな衝撃の声を漏らした。だが知らない筈は無いだろう?俺はこう言う人間だ。泣いたって喚いたって、変わる事は無いんだよ。何より堅気の仕事に就いたのならこんなヤクザ者に関わるメリットなんかない。下らない幻想は早く捨てれば良かったものを、バカな奴。 「白井さん、俺……」  そう小さく呟くと冬弥はゆっくりとベッドに向かい足を踏み出した。最初の一言で引かなかった事に些か感心しつつ、口の中で舌打ちを噛み殺す。面倒な事になった。身体の不調もあいまってか、靄の掛かった様に頭が働かない。
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