第二章 寂寞の部屋

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 その隙に枕元に辿り着いた冬弥は、黙ったまま俺を見下ろす。その瞳の奥底で揺れているのは、深い深い怒りのように感じた。下手な事を言って納得してくれる様子も無いし、俺も少しだけ腹を括りそんな冬弥に微笑み掛ける。 「ごめんごめん。悪ふざけが過ぎたね」  単純な俺の弟は、その言葉に少しだけ安堵の表情を浮かべた。だがそんなヌカ喜び等一瞬の事。 「ここにいるって雪に聞いたの?」  冬弥は慌てて首を横に振る。その態度でバレバレだ。相変わらず分かり易い奴。 「あのバカ……!」  そこで漸く我に帰った山室は、吐き捨てる様にそう言って慌てて病室を飛び出して行った。大方電話でお説教でもするつもりなんだろう。ご苦労な事だ。  二人きりの病室は相変わらず重苦しい空気が流れる。そんな沈黙が耐え切れなくなったのか、冬弥は伺う様に口を開いた。 「……大丈夫ですか?」 「そう見えるのなら、大丈夫なんじゃない?そんな事が聞きたくてわざわざ来たの?」  余りにも突き放した物言いに、薄い唇が噛み締められ、整えられた眉の間に小さく皺が浮かぶ。怯みそうになる気持ちを必死で隠しながら、冬弥はキツく拳を握り締めた。 「……忘れたかった。あんたの事も、全部」  弱々しい声が微かに耳に届く。怒りと悔しさ。そして何処か悲しみを帯びた瞳は、不思議と揺るがない強さがある。 「でも、忘れられなかった。起きてる時も、寝てる時も、ずっとずっと……あんたの事ばっか考えてた」  バカだね。忘れてしまわなければいけなかったのに。忘れてしまえば、楽になれたのに。
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