第三章 歪な波紋

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 この男がここに来た理由は何も弟分の入院を心配してではない。大方昨日行われた寄り合いで何か唯ならぬ報告が上がって俺の所にも来たのだろう。談笑する気にもなれないし、適当に頭を下げた後は篠原の言葉を待っていたのに、何を思ったか咥え煙草の男は辺りを見回しながら小さく舌打ちをして見せた。 「……今日はいねえのか」  それが誰の事かは考えなくても分かる。あわよくば俺の下で働く山室に会えればと思ったのだろう。  今は立場上準構成員である山室は、元は俺が腰を据えている山室組の若頭だった。それも二十年近く前の話しにはなるが、篠原の様な古参は山室の事を良く良く知っている。無愛想で硬いあの男は不思議と誰からも好かれる。篠原も随分可愛がっていたとは興味も無いのに良く聞かされたもんだ。そんな破門された山室を隠して使ってた事がバレたのはつい二年程前の事だ。組長は激昂していたが、そこは何とか俺が処理して今に至るのだが。  目当ての男がいない広い個室を見回す事に飽きたのか、篠原は俺に向けてニヤリと口元を歪め、金歯の光る白い歯を見せた。 「どうだ。隆司は使えてんのか?」 「勿論。あの人の息子ですから」 「そうかい?俺には組長の息子とは到底思えねえけどな」  そう言って豪快に笑う篠原を前に、俺の表情には作られた笑みすら無い。  元々組の連中に愛想笑いを送る気も、謙る気も更々無い。俺が無理にでも愛想を振りまくのは、金を落としてくれる人間だけだ。当然可愛げの無いその性質のお陰で組で疎まれはするが、俺は最早三下が手出し出来るような立場にはいない。その為にわざわざ煩わしいヤクザの社会で幹部迄這い上がって見せたんだ。稼いで来てやっている。だから文句は言わせない。俺は好きにやらせてもらう。それは組長も良く理解してくれている。まあ尤も、組に良い額落としてくれる俺を自由にやらせない手はないだけの話しだ。
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