第三章 歪な波紋

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 眉間に皺を寄せたまま梅飴をころころと転がしている俺を見詰めていた男が、再び思い出したように口を開いた。 「ところでお前次の嫁は貰わないのか?」 「……疲れたんですよ」  つい零れた紛れもない本音に、篠原は再び豪快に笑った。 「なあに生意気な事言ってんだこの色男さんよ」  痛む頭に無遠慮な拳が見舞われ、思わず顰めた顔を、適度に年を重ねた男が覗き込む。 「しかし何時見てもお前の面には何もねえな。夢もねえ。目標もねえ。野心すらねえ。死に掛けの爺でももちっとマシな面構えしてるぜ?まあ、どうでも良いけどよ。邪魔したな。しっかり直せよ」  適当に手を振って、篠原は宛ら嵐のように去って行った。ドッと押し寄せる怠惰感に耐え切れず白いシーツに身体を沈め、ゆっくりと瞼を閉じる。  ……結婚ね。俺は一年程前に四度目となる離婚をして、今では特定の相手も持たない自由な身だ。元々結婚してようが自由である事に変わりは無いが、其れ相応の気遣いはしなくちゃならない。血の繋がらない人間同士が書類を提出するだけで〝家族〟と言う名の囚人になる。四人目の妻と別れて以来、俺はそんな結婚と言う巫山戯た形式が鬱陶しくなっていた。  幸せにしてね。幸せになろうね。  どの女も夢を見ている間は示しを合わせたように瞳を潤ませてそう語り掛ける。結婚したら幸せになれるのか。赤の他人が身を寄せ合い生きる。それの何処が幸せなのか。理解に苦しむ。だが愛情と言う物を崇拝している人間にとって、他人と人生を共に歩むと言う行為は、この上ない幸福なのかもしれない。それも俺には無縁の思想だ。だが他人に縋られる度に湧き上がる疑問。地球上に天敵のいなくなった人間が何故、孤独をこんなにも恐れるのだろう。それは唯一俺がどれ程考えても分からない謎だ。 「痛────」  動き続ける脳は、頭に重い鈍痛を呼んだ。
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