第三章 歪な波紋

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 その後は組の人間も顔を見せず、穏やかと言えば穏やかに日々が過ぎて行った。この一週間の入院生活の中で面会に来た物好きは山室か慎太郎、後は煩い純平位。なるべく何も考えないように日々を過ごしたお陰か、経過は順調で、俺は予定通りに退院の日を迎えた。 「おはようございます」 「おはよう」  迎えに来た慎太郎が纏めた荷物を手際良く手にし、俺達は白衣に身を纏った若い看護師に見送られて病院を後にした。慎太郎は持ち前の頑丈さでもう大袈裟な包帯も取れていたし、少し傷は残っているが本当に大した事はなかったようだ。  広い病院の駐車場迄の道程、言葉を交わす事も無い。慎太郎は山室と違い、普通に人を憎む事の出来る男。俺も好かれようとは思わない。憎まれた方が楽だ。  病院の自動ドアが開いた途端、吹き込んだ熱風に、一気に汗が滲んだ。乾いたアスファルトがジリジリと熱せられ、地面が陽炎に揺れる。久しぶりの外界は余りにも厳しい物だった。ゆっくりと進む俺に慎太郎が扉を開けて乗車を促す様に視線を投げる。こんな風に、どんなに嫌いな相手にも従順な慎太郎が可笑しくて思わず小さく笑いを漏らすと、心底嫌そうな顔を向けられた。 「山室の家寄ってくれる?」  運転席に座りエンジンを掛けるのを待ってから行き先を告げると、慎太郎はバックミラー越しに眉を顰めた。大方俺の目的を察したのだろう。慎太郎はそう言う頭の働く男だ。ギアを入れる手が何時もより重く動き、意を決したように口が開く。 「……純平なら後で俺が連れて行きますよ」 「良いから、行けよ」  一瞬の間を置いて車は静かに走り出す。 「慎太郎。まさかとは思うけど、雪を庇おうとでもしたの?」  その答えは返っては来なかった。  仲の悪かった筈の二人が何時の間にか心を通わせている。それは俺に似ていた雪が変わった何よりの証拠。だからバカな幻想を抱き、冬弥に居場所を教えるなんて余計な事をする。それが許せなかった。
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