第三章 歪な波紋

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 思惑通りそれ以上雪が口を開く事もなく、俺は純平を連れて山室宅を後にした。運転手である慎太郎は当然ながら、何故か呼んでもいない山室がその後を追う。  後部座席を開き純平を乗り込ませ、俺も乗り込もうとした所で山室が小さく俺を引き止めた。 「将生さん……ちょっと良いですか?」  思い詰めたような不安気な瞳が酷く似合わない男だ。 「……何?」  渋々扉を閉めて向き合うと、一つ息を吐き出した後に山室は重い口を開いた。 「その、伊崎に聞いてからずっと気になってたんですが……もしかして、米倉さんの事をまだ────」  嗚呼、本当に今日は厄日だ。  そんな溜息が漏れそうになって、慌てて俺は何時ものように笑って見せた。 「米倉?ああ、いたねそんな奴。バカな男だよね」 「将生さん……」  物言いた気な瞳が、深い悲しみを映し出す。だが心の底で火の付いた残虐性は優しいこの男を傷付けたいとさえ訴えた。山室を見ていると思い出す。底無しにバカだった、米倉って男の事を。 「俺が……引き摺っているんじゃないかって?確かに目の前で脳天撃ち抜いて死なれたんじゃ堪らないよね。普通の神経してたら発狂してたんじゃない?俺でさえ今でもたまに夢に見るよ。バカな男の死に顔なんて今更見たくも────」 「将生さん!」  鋭い怒声とは裏腹に、山室の瞳は揺れていた。 「そんな言い方……するもんじゃねえ」  だったら、どう言えば良い。悲しみに暮れてやれば良いのか?泣いてやれば良いのか? 「ねえ、山室。死んだ人間を偲んで何になる?罪悪感なんて感じて何の意味がある?米倉さんはもうこの世にはいない。それだけが、変わる事の無い真実だ。分かっているだろう?俺はそう言う人間だよ」  諦めろ。俺は変わらない。
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