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立ち尽くす山室を置いて、車が静かに走り出す。波立たぬ筈の静かな心の水面を揺らす、小さな波紋。元國真会若頭、米倉輝樹の遺した爪痕が今になり化膿してじくじくと弱い痛みを断続的に引き起こす。重く憂鬱な思念の波に呑まれ、引き摺り出された紅く熟れた古傷の姿。真夏の炎天下に立ち尽くす俺の鼻先に突き出された缶コーヒーの冷たささえ、蘇るようだ。
共に歩んだ日々を懐かしみ、あの人のくれた愛情を撫でる。俺の為に命を捨てた事を責め、俺の所為で命を落とした事を罪に感じる。
そんな事をして何になる。
罵って、見下して、嘲笑ってもみた。その裏側で情に絆されいっそ声を上げて泣く事が出来るのではないかと思った事もあった。だが凍て付いた心は、その何もかもを闇に沈めた。
どんなに願ったとしても、もう、届きはしないのだから。
第三章・完
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