第四章 仔兎の逡巡

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「ううぅ……!」  思わず机に顔を埋め苛立ちにも似た鬱憤を発散した途端、隣から容赦の無い蹴りが飛んだ。 「うるさい」  悩める俺に冷めた視線を向けるのは、クラスメイトの榎木司(えのきつかさ)さん。クールでシャレたバーテンダー。絶賛数学の授業中である今、睡眠時間を剥奪され苛立っているらしい。俺としては知ったこっちゃないけど、取り敢えず頭を下げてみる。  そんな俺達を楽し気に見詰めていた榎木さんの後ろの席の男が身を乗り出してしょぼくれる俺に屈託の無い笑顔を向けた。 「どうした半沢。悩みなら聞いてやらないでもないぞ?」  ペンキ塗れの作業着を身に纏ったこの人は、結城翔太(ゆうきしょうた)さん。榎木さんと違って明るくて、社交的な人。キラキラ輝く野次馬根性が今日は一段と目に付く。 「……良い」  人に言える事でもないし。俺の想う相手は男だし。でも濁して相談してみたら問題ないかもしれない。そうだ、女って事にすればバレる事は無いだろう。  そう決意を固め勢い良く左に振り返る。 「司、夏休み海行かね?」 「やだ。暑い」  しかし当の二人は間も無く訪れる夏休みに思いを馳せていて、俺の事なんかまるで忘れていた。俺は正しく空気と化している。  榎木さんと結城さんはこの定時制高校二年生では唯一同い年と言う事もあって仲は良い。一年の時からクラスも同じだし。この学校に限らず、定時制に通う人間は色々な物を抱えて入学する事が多いからか、大体仲の良い人は離さない傾向にある。俺は二人とは二年で同じクラスになって、たまたま席が隣になっただけで、特に学校以外で会う事もないし、そりゃただのクラスメイトだけど……。
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