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静まり返る教室に言いようのない虚しさが押し寄せる。俺の想う相手は、男で、ヤクザで、もしかしたら俺達は血の繋がった兄弟。そして何より白井さんは稀に見る冷酷で人として最低の人間だ。追うのはやめておいた方が良い。そんな事言われなくても分かってる。だけど心の奥底に住み着いたあの人の綺麗な指先は、誰よりも暖かい。抱き合って、キスをして、愛の言葉を囁かれたあの日々は、例え偽りだとしても、確かに俺の人生で一番幸せな時だった。
視界を濁す涙を拭った瞬間、突然教室の扉が開かれた。顔を覗かせたガッキーが、俺の姿に驚いた顔を見せる。泣いていた事がバレたんだろうか。
「まだいたのか半沢。そろそろ帰れよー」
それでもガッキーは直ぐにいつも通りの怠そうな口ぶりでそう言うと、カギを指先で回しながら教室を後にした。一つ息を吐き出して俺も教室を出た。だけどこのままモヤモヤしていて眠れる気もしないし、下駄箱迄向かう途中意を決して電話を掛ける。
「……冬弥か?どうした?」
直ぐに電話に出た山室さんは、少し驚いているようだ。俺が連絡する事なんて無いに等しいから。
「少し、話せますか?」
「……良いよ。今何処だ?」
「学校です。今からそっち行きますね」
分かったと言って電話は切れた。
山室さんなら────そう思ったのは、あの人が他人の悪い面ばかり見る人間では無いから。それにずっと白井さんの下で働いてる。俺も雪さんも知らない顔を知ってるかもしれないから。
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