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乾いたコンクリートに染み込んでいくねっとりとした喘ぎ。快楽の要素を全く含まないそれは苦痛に歪み、擦れる砂利が何とも生々しい。
死にゆく太陽が夜に侵され、漸く舞台に上がった新月が僕たちの建物までも闇で包み隠す。時刻は二十五時。真夜中と言うにはほど遠い。
随分と離れた方向から耳に届く車や厭らしい人間共の喧騒が、嫌に輪郭を立たせ折角の楽しい時間を台無しにしてくれる。それがどうしても許し難く、僕の感情をさざ波立たせ、前方に突き出した右手に力が入ってしまう。
――嗚呼、どうしたものか。
一度気になってしまっては余計そちらに意識が向いてしまう。それが人間というモノだろう。致し方ない事なのだが、しかし……。
そこでハッと我に返り、未だ自身を人間という小さなカテゴリーに分別しているという事実に、思わず笑いが零れ落ちる。嘲笑、自嘲。全く面白味に欠ける冗談だ。
俺の乾いた笑いすらも吸い取ってしまうコンクリートに内心感謝しつつ、いつの間にか鳴らなくなった右手のホトトギスに視線を戻す。
「……鳴らない君に何の意味があるんだろうか。過去の偉大な将軍様は、鳴かない君をどうしただろうか」
一言一言を丁寧に、粘着質に、纏わりつくように発し、彼女の耳に届くよう吹きかける。それに何故か興奮を覚え、徐々に口角が上がり、息が荒くなる。
性癖だろうか? いや、そんなチャチなものでは無い。三大欲求すら覆す程の何かが俺の身体中を駆け巡り、右手のそれを早く如何にかしたがっている。ハハハ。
「鳴かない君、泣けない君、啼いてはならない君。僕ならどうしようか。鳴かせてみようかな、待ってみようかな、それとも――」
鋭い風が俺の頬に赤い線を描き、周囲のコンクリート達に餌を与えた。赤く、何かが噴射したような、何かが零れたようなねっとりと温かい鮮血。
同時にどこか重量のあるものが地に落ちる音が響き渡り、ボールのように俺の足元へと擦り寄ってくる。
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