とばり

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「ここに、来てくれ」  彼の胴に両腕を回す。  ぎゅっと引き寄せると、僅かばかりの抵抗を感じた。 「征司様、それは・・・」  初夏の暖かさに急激に枝を伸ばし始めた木々に隠されているとは言え、ここはただの東屋。  いつ、誰に見られてもおかしくない。  そう言いたげな瞳を、封じたくなる。 「だから、なに?」  見られたとしても、構わなかった。 「高遠」  力を込めると、ゆっくりと身をかがめてきてくれた。 「この雨では、何も、見えない・・・」  囁くと、甘い香りが下りてくる。  雨に濡れたスーツから、彼の匂いが増したように感じられた。  漆黒の瞳。  禁欲的な唇。  それでも。 「・・・」  小さく、高遠が囁きかえした。  それは、言葉の形を成さない。  でも、大切なもの。  胸の奥に、火が、ともる。  唇で、吐息で、心を交わす。  けっして、声に出来ない言葉の代わりに、指を絡めた。 「たかとお・・・」  唇が、静かに下りてくる。  確かな力に抱きしめられて、胸が震えた。 「たかと・・・」  溢れる心を封じられ、背中に回した指先に力を込めた。  雨が降る。  全てを覆い隠す、帳のような、雨が降る。
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